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置換バス発射オーライ!

念願だったこの企画。今、ケツ&カイーノさんと計画を練っている。
実行した暁には、またここで報告したいと思う。

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当事者意識

最近、先のエントリーで書いたようなことを知り合いに話をすることがある。
そうすると、決まって返ってくる言葉が、「軍部が独走したんですよね」。

ひどく当事者意識のない言葉だと思う。
40歳代後半の者にとって自分たちの祖父母の世代が関与した先の大戦。

自分たちは蚊帳の外において、一部軍部を悪者にして、一般市民は悪いことはしていませんと言いたいようだ。

しかし、果たしてそうだろうか。日露戦争は、世論に後押しされて開戦した。
その証拠に、日露戦争終結に伴う賠償内容に不満を持った民衆が、満足のいく賠償を得られないのであればもう一度戦争をしろと日比谷焼き討ち事件という暴動を起こしている。

日中戦争が始まったのが1937年。日露戦争が終わったのが1905年。間に第一次世界大戦をはさみ、32年。

日中戦争開始までの期間に民衆が急に反戦的になったとみるより、日比谷焼き討ち事件の空気感が、第一次世界大戦でも勝者側の連合国の一員となった要素も加わり継続しているとみたほうがいい。

一人の独裁者によってコントロールされていたドイツと違って、個々の現場レベルの国民の意志が強固な日本というとても厄介な国の占領政策を考えたとき、天皇制を温存し、一部の国民を悪者に仕立てるのが得策とアメリカは考えたのだろう。

民衆を分断して統治するというのは為政者が考える常套手段である。

A級戦犯とされた人たちは、連合国にそのように言われるだけでなく、日本国民にもそのように呼ばわれてしまっているのだ。



今日8月6日は、広島に原爆が落とされた日。広島の原爆死没者慰霊碑には、「過ちは 繰返しませぬから」と書かれている。

1952年に広島を訪れた極東国際軍事裁判のパール判事は、碑文を見て、「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない」と述べた。

その後、この碑文の文章の主語は、「人類」であるという見解が出された。

その見解は、原爆の被害者でありながら、同じ人類としてもう過ちを繰り返さないと宣言する苛烈ともいえる当事者意識に基づくもの。

しかしながら、そのように解する理想主義は、軍部が独走したのだという全く当事者意識のない主張に至ることに強烈な違和感を覚える。

過ちは 繰返しませんといいながら、戦争は軍部がしたことですと言っているのだから。

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日本は本当に悪いことばかりをしたのか

最近、いろんな出来事にでくわしたり、本を読むなかで、世間の人が思っているほど、日本は悪いことをしたのかと思うようになった。そう思うようになった流れを記したい。


1.教えられたことと実際との違い

小さい頃、まだ頭がスポンジのような状態のときに学校で教えられたこと、そして、学校で教えられたことの延長線のマスメディアの論調をシャワーのように浴びていると、なかなかその呪縛から抜け出ることができなかった。

しかし、時が経ち、見聞きし、既存メディア以外の情報を得たとき、徐々にその呪縛からとき放たれてきた感じを覚える。

教えられたことと実際との差異。幾度かそのような経験を経て、教えられたことは、本当のことではなかったのだと確信するに至った。

以前のエントリーにも書いたように、私は公立中学校で石川さんは無実ですという作文を半ば強制的に書かされた。石川さんとは、刑事事件で最高裁判決が出て結審していた事件の被告だ。その後数度の再審請求がなされている。被差別部落出身であるがゆえに犯人にでっちあげられたとの運動が2審以降展開されている。

戦争中は思ったことを自由に言えなかった暗黒の時代だっと授業で教えられたのに、この半ば強制的に無実だと作文に書かせられることには、同じことではないかと、こども心にものすごい違和感を覚えた。

大人になって改めて考えると、公教育において特定裁判当事者のどちらかが正しい、あるいは間違っているなどと教えることは到底許されない。それが分かったとき、自分が受けた教育の胡散臭さが分かった。


そして、私は私立大学の付属高校に入学し、遊んでばかりで活字の本など読んだこともなかった。でも、30歳代で読書の楽しさに目覚め、それ以降は、偏ったジャンルではあるけれど、以前の自分からは想像できないくらい多くの本を読んだ。

中学校までの教育で、江戸時代は、士農工商穢多非人という身分制が存在する暗黒の時代。明治時代も、女工哀史に象徴されるような暗黒の時代と教わり、それ以降もそのような頭でずっといた。

ところが、本を読んでいると、どうも教わったことと違う。暗黒とはいえない時代だった。確かに今の価値観で、江戸時代や明治時代をみたら、生きること自体が過酷な時代。しかしながら、世界的にみて当時の他の国々と比べたとき、教わったような暗黒の時代とは思えない。

そして、個人レベルで人間ひとりひとりの気持ちの持ちよう、文化教養の高さ、力強さなどを考えたとき、現代よりずっと豊かであった気さえする。

江戸時代の治世を封建制であることだけをもって、あまりにも前近代的と評価し過ぎた教育を受けた。そして、人々の教育や文化水準についても、馬鹿にした教育を受けた。

歴史を見るとき、現代の物差しで当時を考えると、間違ってしまう。日本の今の物差しで歴史を見るのではなく、世界の物差し、当時の物差しで歴史を見ないといけない。

そういう意味において、私が受けた教育、そして、その後見聞きした多くのメディアの論調は、日本の今の物差しでしか歴史を見ていないと考える。


2.左派の主張の欺瞞

これらの教育及び論調は、左派と呼ばれる人々の考え方に基づくものの。自身が受けた教育に対して立ち止まって考えるのと同じように、これら左派の人たちの言動を注視すると、極めてシンプルな論理矛盾に行き着き、彼らの主張が欺瞞に満ちたものであることが分かる。

・あれだけ自衛隊は違憲だと主張していた社会党が政権与党となったとたんに自衛隊は合憲と主張。

・世界一周の旅をするピースボート。自衛隊不要論を展開していた辻元清美議員が立ち上げた団体で、団体も自衛隊の海外派遣に反対していたが、航海中ソマリア沖で海賊の脅威があるため、自衛隊からの護衛の申し出を受けて護衛してもらった。

・社会党本部に暴漢が乱入した際、ガードマンが制圧。非武装中立を唱えているのになぜ言葉で説得しないのか。

以下は彼らの主張にもとづくものではないが、私の確信に至る要素なので記す。

・左翼から右翼に転向した人はいるが、右翼から左翼に転向した人は知らない。

・自分の住んでいる町を愛するのと同じように自分の住んでいる国を愛することができない人が、他国を尊重できる訳がない。

・自分のバックグラウンドである自国の歴史を否定する人とは、嘲笑してうわべではつき合っても認めることはしないというのがグローバルスタンダード。自分の国を愛し、自国の文化を理解している人間でないと世界では相手にされない。


3.既存メディア以外の情報

そのうえで、you tubeをはじめとする既存メディア以外の情報に注視をすると、改めていろんな発見がある。

これらの情報源が自分でその情報の真偽を確かめる必要があるけれど、非常に有効な情報獲得手段だと思う。

本当のことを知るためには、既存メディアだけでなく、いろんなチャネルの情報を得ないといけない。でも、今はネットを通じて以前よりもたやすく既存メディア以外の情報を得ることができるようになった。

既存メディアが機能していないという少し情けない状況だけれど、アラブの春や中国の民主化運動と同じように日本の人たちはインターネットというツールを得て本当のことにアプローチすることが容易になった。

日本国民として、知っておくべきだと思う動画をいくつか紹介したい。











パール判事に関する本を購入した。
ネットをきっかけとして本にあたり、改めて自分の頭で考えてみようと思う。

そして、幸いにもかろうじて戦前戦中に生きた方々がご存命だ。
実際に体験をした人にあたり、生の話を聞いてみようと思う。

武力より言葉で
プロフィール

美空

Author:美空
エロで変態だけど幕末好き。写真にハマり、アートや政治にも関心がある硬軟混ざった48歳です。
普段は、パートナーのドレミと関西を中心に活動しています。

堅い話もありますが、基本エロブログですので、18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

たまにツィートしています。



ドレミもツィート始めました

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