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切腹

私は、司馬遼太郎が「俄」で描いた堺事件での切腹シーンを初めて読んだとき戦慄した。それがあまりにも衝撃的な内容だったので、それから以降、切腹というものに興味を持っていた。今般、切腹に関して興味深い本を手にしたので、切腹について記したい。

1.司馬遼太郎著「俄」における切腹

今手元に「俄」がないので引用できないが、おおよそWikipediaと同じなのでWikipediaをベースに加筆修正して引用する。

攘夷論のいまだおさまらぬ慶応4年2月15日午後三時ごろ、フランス領事一行を迎えるべくフランス海軍が堺港に入り、湾内を測量、士官以下数十名の水兵が上陸、市内を徘徊した。夕刻、土佐藩軍艦府の命を受けた土佐藩士らが帰艦を諭示させたが言葉が通じず、藩兵は水兵を連行しようとした。水兵側は土佐の隊旗を倒伏、逃亡しようとしたため、土佐藩側は咄嗟に発砲し、フランス人11人を殺傷または、海に落として溺死させた。土佐藩側ではフランス人が迷惑不遜行為に及んだための処置であるとしたが、フランス側の抗議を受けて、藩主山内容堂は、藩士処罰の意向をフランス側に伝えた。
土佐藩は警備隊長以下全員を吟味し、隊士29名が発砲を認めた。隊長ら4名の指揮官は責任を取って切腹が決定。残る隊士16名を事件に関わった者として選ぶこととなり籤を引いて決めた。
2月23日堺の妙国寺で土佐藩士20人の切腹が行われた。切腹の場で藩士達は夷狄を罵る歌を歌いながら自らの腸を掴み出し、居並ぶフランス水兵に次々と投げつけるという行為を行った。その凄惨さに、立ち会っていたフランス軍艦長は、フランス人の被害者数と同じ11人が切腹したところで外国局判事五代才助に中止を要請し、結果として9人が助命された。

「俄」を読んだとき、自らの腸を掴み出し、居並ぶフランス水兵に次々と投げつけるというのは、作者の脚色だと思った。

そこで、小説ではなく、記録として堺事件が記されているものを確認しようと本を探して、「英国外交官の見た幕末維新」A・Bミッドフォード著(講談社学術文庫)をあたってみた。そうすると、同じことが書かれていた。脚色ではなかったのだ。


2.千葉徳爾著「切腹の話」における切腹

映画「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」を観に行こうと思ったとき、たまたま、「切腹の話」千葉徳爾著(講談社現代新書)という本を手にした。

この本を読んで更に驚いた。俄で脚色だと思った戦慄の場面は、それどころか切腹の形としては一般的であったのだ。

これから先は、生々しい話が含まれるので、大丈夫な方のみ、続きを読むをクリックいただきたい。

清明

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武士道

「武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である。」で始まる新渡戸稲造博士著「武士道」。
その中で一番好きで、苦しいときには読み返し、普段も常に意識におき目標としている「勇」の項。
今日、満開の桜を愛でたので、改めて、武士道も愛でる。

勇気が人のたましいに宿れる姿は、平静すなわち心の落ちつきとして現れる。平静は静止的状態における勇気である。
敢為の行為が勇気の動態的表現たるに対し、平静はその静態的表現である。
真に勇敢なる人は常に沈着である。彼は決して驚愕に襲われず、何ものも彼の精神の平静を紊さない。
激しき戦闘の最中にも彼は冷静であり、大事変の真中にありても彼は心の平静を保つ。地震も彼を震わさず、彼は嵐を見て笑う。
危険もしくは死の脅威に面しても沈着を失わざる者、例えば差し迫る危険のもとに詩を詠み、死に直面して歌を吟ずる者、かかる人は真に偉大なる人物として吾人の賞嘆するところであり、その筆蹟もしくは声音従容としてなんら平生と異なるところなきは、心の大なることの何よりの証拠である―――吾人はこれを「余裕」と呼ぶ。
それは屈託せず、混雑せず、さらに多くをいるる余地ある心である。
信ずべき史実として伝えられるところによれば、江戸城の創建者たる太田道灌が槍にてさされた時、彼の歌を好むを知れる刺客は、刺しながら次のごとく上の句をよんだ、
「かかる時さこそ生命の惜しからめ」
これを聞いてまさに息絶えんとする英雄は、脇に受けたる致命傷にも少しもひるまず、
「かねてなき身と思いしらずば」
と下の句をつづけた。

桜3001

今、改めて想う

前回は、地図を角度を変えて見てみたが、
今度は、歴史を俯瞰して自分なりに考えてみる。

東日本大震災直後、世界のメディアは、日本人の行動の美しさに驚いた。
このことは以前のエントリーでも書いた。

あのときの日本人の行動は、何に由来するのだろう。
私は、武士道の遺伝子だと思っている。

世界は、公を意識した自律的行動に純粋に驚いたのだと思うが、
一方で、消え去ったと思っていた武士道が残っているではないかという驚きが実は含まれていたのではないかと思っている。

特にアメリカ政府の中枢部は、驚愕しただろう。

アメリカは潜在的に日本に対する恐怖心があると思う。
だから戦後若干の左翼思想を入れながら自虐史観を植え込む超長期戦略で日本に相対してきたと思っている。

零戦を生んだ日本の航空機産業を破壊し、
武士道を源流とする道徳心を破壊し、
その超長期戦略は確実に進展していると思っていた。

しかしながら、武士道の遺伝子は少ないながらも残っていたのだ。
そう考えると、伝わってこないがアメリカの驚きは尋常ではないはず。
きっと、更なる超長期戦略を練っていることだろう。

普段は柔和だけれども、ひとたび事が起これば、命を賭して公に生きる。
程度と形に差はあれ、日本では連綿と続いているのだ。

このことがアメリカにとっては恐ろしくてたまらないはず。

幕末の堺事件での切腹や、太平洋戦争での特攻を知ったとき、とてつもなく戦慄しただろう。

世界では他にもイスラムの自爆テロがあるが、殉教者は天国で乙女に囲まれ、甘美な生活ができると信じられていることが要因だと言われている。

表面的には似ているが、行為の源泉が自己愛と他者愛とで全く異なる。

自分のためにではなく、家族や国のため、正義のために命を賭すのだ。
恐ろしすぎるだろう。


武士は、常に美しく行動しようとした。
美しく行動するためにはどうしたら良いか。
そのために、無になるべく心を磨いた。

物欲や名誉欲など全ての欲を捨て去り、更には人間にとって一番の恐怖である死でさえ、その恐怖を抑え込んでしまう精神力。

そんな気持で向かってこられたら恐ろしくてたまらないだろう。
そんな遺伝子を受け継いでたら恐ろしくてたまらないだろう。

今、改めて武士道を想う。

桜

誇り

この歳になると、最近の若者はなってないと思うことがよくあった。
でも、古代エジプトのパピルスにも同じようなことが書かれてたらしい。

遙か遡った先輩たちもそんなふうに言われてたらしい(笑)
確かに最近は、若者だけでなく、同年齢や年上の人でもなってないと思う人がいたが。(ここで、自分のことは棚上げ。すいません)

でも、どうだろう。
最近目にする記事を読んでいると、日本もまだまだ捨てたもんじゃないと思うことがある。


「日本には人間の連帯が今も存在している」 タス通信東京支局長
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110313/erp11031320280010-n1.htm

中国、日本人の冷静さを絶賛 「マナー世界一」の声も
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110312/chn11031219080002-n1.htm

NYタイムズが支援コラム 阪神大震災時の東京支局長
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110312/amr11031211400005-n1.htm

怒号もけんかもない 「強い国」と越メディア
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110313/asi11031322300003-n1.htm

一つになった日本に海外メディアが感嘆
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138234

元気がでる100のつぶやきを集めました
http://www.genkitweets.com/

日本人として生まれたことを誇りに思う。

普段はなってないと思うのに、こういうときに、こんな行動をとれるのはどうしてなんだろう。

いろいろ想いを巡らしてみた。



それは、武士道の血なのかもしれない。
普段は感じないけど、武士道のDNAが脈々と受け継がれているのかもしれない。

司馬遼太郎をして、人間を純粋培養した究極の形と言わしめた武士。

セオドア・ルーズベルト大統領が、我が子に1冊ずつ渡し、「これを読め。この高尚なる思想は、
我々アメリカ人が学ぶ事である。お前達五人はこれをもって処世の原則とせよ」と言った武士道。

いざとなったら、公のために命をかけて立ち向かえる。見返りがなくともみんなのことを考えて行動できる。

このことは、グローバルスタンダードからすれば、驚愕に値するらしい。それが先の海外からの賞賛につながるのだろうと思う。


今もなお高濃度の放射能で汚染されている原発で命を賭して奮闘している方々にこの拙文を捧ぐ。


sakura.jpg



漢(おとこ)

kiraさん004   kirasan001

ドレミも愛用しているM女のための素敵なアクセサリーを創られるKIRAさんと先日一言二言ツィートした。
(KIRAさんのブログは、こちらhttp://kirakoubou.blog47.fc2.com/

その中でKIRAさんが使われた言葉が、漢(おとこ)。

『やきごはん』というごはんを炒めてお好み焼きソースで味付けをしたメニューがお好み焼き屋さんにあり、通常のやきめしとは一線を画す味の濃さに、何度も「白飯ください」と言いそうになりながら、水をおかわりしつつ食べたと、KIRAさんがツィートされてた。

すごくその気持ちが良くわかったので、「え!私だと確実に白飯頼んでいます!何しろ牛丼並とご飯をレギュラーメニューとして頼む男ですから(笑)」と返信した。

そしたら、「漢(おとこ)ですねっ。」と返信をいただいた。

漢で「おとこ」と読むんだと思い、家に帰ってきてその意味を調べようと、ネット辞書を引いてもでてこない。

ウェブ検索すると、でてきた。

「花の慶次」(原哲夫)で全国的に広まった言い回し。
強烈な男気と、竹を割ったような潔さ。
見るものに突き抜けすぎた、爽快感溢れる感動を与える。
何かにスッこけて、そのまま突き抜けて別次元に至ってしまうような瞬間、その生き様を指して「漢」という!
男惚れは勿論、女も惚れる。それが「漢」の生き様。(以上:はてなキーワードから引用)

嬉しいです!(笑)
変態ですね~と言われるのも嬉しいですが、それ以上に嬉しいです(笑)
でも、もうこの時点で、変態以前にアホですね(笑)すいません。

と言うのも、私の頭の中では、飯好きで強烈な男気となると、山岡鉄舟と結びついてしまう。なので嬉しい。鉄舟は、尊敬する人物。目標とも言うのもおこがましい位の存在。

鉄舟は、飯を1升食べ酒を1升飲んだと言われている。私は、飯3合食べるか酒2合飲むのが関の山。

でも、鉄舟の10分の1程度までに近づけるのは、これぐらい。

それ以外のことは、1億分の1か1兆分の1ぐらいだろう。そもそも、そんな比較する対象ではない。でも、常に心の中で少しでも近づきたいと思う人物、山岡鉄舟。

真の漢(おとこ)だと思う。


プロフィール

美空

Author:美空
エロで変態だけど幕末好き。写真にハマり、アートや政治にも関心がある硬軟混ざった48歳です。
普段は、パートナーのドレミと関西を中心に活動しています。

堅い話もありますが、基本エロブログですので、18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

たまにツィートしています。



ドレミもツィート始めました

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